ディラン・クルーズ ナショナルズで自閉症のファンとの絆を深める


野球で苦しむとき――三振が重なり、プレッシャーが高まるとき――そんな中、ナショナルズの若き外野手ディラン・クルーズが思い浮かべるのは、友人のオーブリー・ホワイトのことです。

オーブリーはルイジアナ州バトンルージュに住む11歳の少女で、重度の自閉症を抱えており、言葉を使ったコミュニケーションが困難な状態にあります。意思疎通は文字をつづることで行い、複数の薬を服用しており、現在は脊椎の重度変形に苦しんでいて、この夏に手術が予定されています。

彼女の幼少期は、本人にとっても家族にとっても、数えきれないほどの困難の連続でした。

そんな彼女にとって、ワシントン・ナショナルズでキャンプを打ち破り、MLBパイプラインで全体4位にランクされたファイブツール選手ディラン・クルーズは、まさに“思いがけない本物の友人”になっています。

「たとえ調子が悪いときでも、自分の状況はまだまだマシだって気づける。世界の終わりじゃないって思えるんだ」と語るのは、シーズン開幕週で無安打が続いたものの、最近調子を上げてきている23歳のディラン・クルーズ。

「どんな状況でも、オーブリーや支えてくれているコミュニティが自分のそばにいるって分かっている。それが心の支えになってるんだ。」

ディランとオーブリーが所属するこの“特別なニーズを抱える家族たちによって結ばれた野球を通じたコミュニティ”は、クルーズが活躍したバトンルージュで築かれたものです。彼はルイジアナ州立大学(LSU)でプレーし、2023年にはチームを全米大学選手権優勝へと導きました。そしてその年のMLBドラフトでは、チームメイトのポール・スキーンズに次ぐ全体2位でナショナルズに指名されました。

クルーズは、このコミュニティを今後ワシントンD.C.でも広げていきたいと語っています。

4月は全米「自閉症受容月間(Autism Acceptance Month)」であり、ディラン・クルーズとオーブリー・ホワイトの関係は、“受容”がどれだけ大きなことを成し得るかを示す素晴らしい例です。

先月、ホワイト家がナショナルズのスプリングトレーニング施設(フロリダ州ウェストパームビーチ)を訪れた際、MLB.comの取材チームはその様子を記録し、クルーズとオーブリーの心温まる友情を深く知ることができました――この特別な絆を私たちが初めて紹介したのは、クルーズがドラフト指名されたときのことでした。

オーブリーの幼少期、多くの時間を彼女のご両親は「彼女に友達なんてできるのだろうか」と不安に思って過ごしていました。

「親として一番心配なのは、子どもに友達ができるかどうか。特に、娘のように言葉でコミュニケーションができない場合はなおさらです」と語るのは母親のクリスタルさん。

「いい友達とどうやって関係を築いていけるのか、まったく想像できませんでした。」

けれど――ホワイト家は、その答えを思いもよらない形で見つけたのです。

それは2021年春のある日のことでした。
ルイジアナ州バトンルージュの自宅で、クリスタルさんと夫ロビーさんはテレビでLSU(ルイジアナ州立大学)の野球の試合を観ていました。ふたりは生粋のLSUファン。すると中継で「注目の新人、ディラン・クルーズが打席に入ります」とアナウンサーが告げます。

その瞬間、彼らの7歳の娘・オーブリーが、突然こう言ったのです。

「ディラン・クルーズ!」

そして繰り返しこう言い続けました――
「ディラン・クルーズ! ディラン・クルーズ!」

想像してみてください――
あなたの子どもが、生まれてから一度も声を発したことがない。
「ママ」も、「パパ」も、「大好き」さえも言ったことがない。
それがある日、まったく突然に――
「ディラン・クルーズ!」

「まるで幽霊でも見たかのように、お互いを見つめ合ったよ」と父ロビーさんは語ります。

あまりに何度もクルーズの名前を繰り返すので、母クリスタルさんはその貴重な瞬間をスマートフォンで撮影し、Facebookで限定的にシェアしました。すると、それを見たのはLSU選手の母親のひとり。彼女はその動画を次の試合でクルーズの母・キムさんに見せました。キムさんはすぐにその動画をディランに見せ、彼は即座にこう言いました。

「彼女を試合に招待しよう。僕、会いたい!」

もちろん、それは口で言うほど簡単なことではありませんでした。
ほとんどの親なら、わが子が選手と会えるチャンスがあれば喜んで連れて行くでしょう。しかし、オーブリーのように感覚過敏があり、人混みや大きな音が苦手な子にとって、スポーツ観戦は非常にハードルが高いものです。

「正直、どうすればいいのか分かりませんでした」とクリスタルさんは振り返ります。「でも、やってみようと思いました。」

クルーズの両親――キムさんと夫のジョージさん――は、オーブリーができるだけ安心して過ごせるよう最大限の配慮を約束しました。
試合当日、オーブリーは観客が入る前のアレックス・ボックス・スタジアムに特別に入場し、試合前のバッティング練習でディランと対面。静かな環境にゆっくり慣れてから観戦することができました。

結果、家族にとってもオーブリーにとっても忘れられない最高の時間となり、オーブリーは新しい友達、そして大好きな選手――ディラン・クルーズを心から応援しました。

「彼女が、初めて会った相手をここまで受け入れたのを見て、ディランが“いい人”なんだと確信しました」と母クリスタルさんは語ります。

「オーブリーは、安心できる相手のそばにしか座らない子です。彼女はディランを選んだ――そしてそれは正しかった。彼女が言葉を使わなくても友達を作れるということを、私はこのとき初めて学びました。
“ディラン・クルーズと友達になれる”なんて、まるで夢のようでした。」

そこで終わっていたとしても、十分に心温まる物語でした。

けれど、この物語はそこからさらに美しい展開を見せていきます。

ディラン・クルーズとの出会いは、オーブリーを一生の“野球ファン”に変えました。彼女はその後、障がいのある子どもたちが参加する適応型野球リーグに加入し、自らプレーを楽しむようになったのです。

そして、シーズン中の空いた時間には――
なんとクルーズが自ら車を運転して、オーブリーの試合を観に行くようになりました。

「オーブリーは本当に素晴らしい子だよ」とクルーズは語ります。「そして、彼女の家族も最高なんだ。彼らは僕にとって、これまで出会った中でも最高のサポーターのひとつ。もう“友達”っていうより、“家族”に近い存在だよ。」

オーブリーの初めての試合観戦がうまくいったことで、クルーズの心にひとつの思いが芽生えました。

「オーブリーのように、自閉症や脳性まひ、二分脊椎症などのハンディを抱える子どもたちやその家族にも、同じような素晴らしい経験を届けたい」

そう決意した彼は、大学在籍中の残りのシーズンすべてにわたってその活動を続けます。

ディランとその家族は、アレックス・ボックス・スタジアムのシーズンチケットを自費で購入し、それを寄付するようになりました。

さらに、母クリスタルさんが地域の特別支援家庭を探し、試合観戦へと招待する取り組みを主導。試合の日には、多くの子どもたちとその家族がスタジアムを訪れ、“普通では得られない特別な野球体験”を共有することができたのです。

「これは“インクルージョン(包摂)”の話なんだ」と語るのは、ディラン・クルーズの父、ジョージ・クルーズさん。

「子どもたちに与える影響は、本当に大きい。家族たちからも『普段こういう場所に招かれることがないんです』って、よく言われるんだ。」

ディラン・クルーズが大学3年を終える頃――つまり彼の最後のホームゲームとなった日、アレックス・ボックス・スタジアムには、これまで招待された何十組もの特別支援家庭が集結していました。

彼らは自らを「クルーズ・クルー(Crews’ Krewe)」と名乗り、試合前には大規模なテールゲートパーティー(駐車場での応援集会)を開催。そしてスタジアムではライト線沿いのスタンドを埋め尽くし、クルーズがラスト打席でツーベースを放った瞬間には、大歓声と共に全員が立ち上がって声援を送ったのです。

「本当に感動的な光景だったよ」と、オーブリーの父・ロビーさんは振り返りました。

もちろん、そこで物語が終わっていたとしても、十分に感動的だったでしょう。

――でも、この物語はまだ終わりません。

ディラン・クルーズがナショナルズにドラフト指名されたとき、球団はこの特別な友情のことを知っており、クルーズとオーブリーの関係の意味を理解していました。
そこで球団は、オーブリーに赤いナショナルズのバンダナを巻いたぬいぐるみの犬をプレゼントしたのです。

「それを見た瞬間、私たちは“この場所が正解なんだ”って思えたんだ」と語るのは、父ジョージ・クルーズさん。

クルーズ家とホワイト家は、今も変わらず連絡を取り合い、強い絆でつながっています。ディランがプロに進んだ後も、LSUでのチケットプログラムは継続中で、これまで以上に多くの特別支援家庭を試合に招待し、あのコミュニティは着実に広がりを見せています。

そして今、クルーズ一家はこの取り組みをワシントンD.C.のナショナルズ・パークにも広げようと計画しています。ディラン自身がメジャーの舞台で足場を固め、スター選手としての道を歩み始める中で――
彼は、かつてと同じように「特別なコミュニティを、野球という舞台に招き入れたい」と考えているのです。

「僕は他の人とは違う“プラットフォーム(影響力)”を持っている。だからこそ、それを最大限に活かすのが自分の役目だと思ってる」とクルーズは語ります。

「両親はいつも僕に言うんだ。“いい野球選手であることと、いい人間であることは別だよ”って。だから僕は、ナショナルズに新しいコミュニティを連れてきたい。そして、“僕たちの活動”の一部として、その人たちも巻き込んでいきたいんだ。」


先月、ナショナルズのスプリングトレーニング施設で、久しぶりにディラン・クルーズに再会したとき――
オーブリーはバッティングケージの外で彼の姿を見た瞬間、地面にうずくまり、丸まって身体を小さくしました。

それは、彼女なりの「うれしさの表現」だったのです。

この行動は「スティミング(stimming)」と呼ばれ、言葉で感情を表すことが難しい非言語性自閉症の人々が、感情の高ぶりや感覚の刺激を調整するためによく見られる自己刺激行動です。

その反応は、十分すぎるほどに理解できます。
なぜなら、オーブリー・ホワイトにとってディラン・クルーズは――ただの野球選手ではなく、“味方”であり、“光”であり、彼女を引き上げてくれるかけがえのない存在だからです。

ロビーさん(オーブリーの父)は、娘の先生から聞いたある心に残るエピソードを共有してくれました。

「ある日、オーブリーが特別支援クラスの仲間たちと一緒に校舎の廊下を歩いていたそうなんです」とロビーさんは語ります。「そしたら、まわりの子たちが指をさしてた。でも、それはからかうためじゃなくて――『あの子がディラン・クルーズの友達のオーブリーだ!』って、目を輝かせながら言っていたんです。」

「みんながオーブリーを“すごい人”として見ていた。彼女は笑いの対象なんかじゃなくて、むしろ尊敬のまなざしで見られていた。それは、ディランがしてくれたことのおかげなんです。」

そして、どんなに厳しい試合があろうと――どんな成績であろうと――ディラン・クルーズには、いつもオーブリーという最高の応援団がついている。

「この出会いは、一生大切にしたいと思ってる」とクルーズは語りました。

アンソニー・カストロビンス:MLB.com記者
引用元:mlb.com

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